顧(かえり)みられない熱帯病という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
現代日本で、ごく普通に生きていたら、聞くことはない言葉かもしれません。
私自身、まったく馴染みのない言葉でした。
しかし、この「顧みられない熱帯病」は、今話題のSDGs(持続可能な開発目標)のターゲットにも明記されています。
SDGs目標3「あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進する」
【ターゲット3.3】
2030年までに、エイズ、結核、マラリア及び顧みられない熱帯病といった伝染病を根絶するとともに肝炎、水系感染症及びその他の感染症に対処する。
エイズや結核、マラリアという言葉を聞いたことは多いと思います。
それに並べて書かれているということは、すごく大変な病気なのかなとイメージできます。
顧みられない熱帯病(NTD)は、それ自体が特定の病気を指しているわけではなく、熱帯・亜熱帯地域を中心に世界149か国で蔓延している以下の20※の疾患(2021年現在)の総称です。
※日本語のサイトの多くは17となっていますが、2017年に3つ加えられ、20とするのがグローバルスタンダードのようです。
- デング熱
- 狂犬病
- ハンセン病
- ブルーリ潰瘍
- アフリカトリパノソーマ症
- シャーガス病
- リーシュマニア症
- メジナ虫症
- リンパ系フィラリア症
- オンコセルカ症
- 土壌伝播寄生虫症
- 食物媒介吸虫類感染症
- 住血吸虫症
- 嚢尾虫症
- 包虫症
- トラコーマ
- トレポネーマ感染症
- マイセトーマ
- 疥癬
- 毒ヘビ咬傷
顧みられない熱帯病の影響
「顧みられない」という表現は、あまり日常で使う言葉ではないように思います。
英語では Neglected(無視された)であり、むしろ「ネグレクト」というカタカナ語のほうが馴染み深いかもしれません。
顧みられない熱帯病(NTD)は、その名のとおり,先進国において「無視されている」病気を指し、主に開発途上国で流行している疾患のことを指します。
現在でもなお、世界で10億人を超える人々がNTDに苦しんでおり、年間100万人以上が亡くなっているという推計も出ているそうです。
世界の人口は80億人弱なので、実は、世界の8人に1人はNTDに悩まされていることになります。
しかし、私たちの身の回りを見ても、NTDに苦しんでいる人を見つけることは容易ではありません。
というのも、NTDは貧困地域や紛争地域で多く発生しており、先進国ではほとんど発生していない(あるいは既に排除された)からです。
顧みられない熱帯病の問題点
NTDの問題点は、やはり先進国から「無視され」ているという点です。
2020年に始まった新型コロナウイルスパンデミックですが、ワクチンや治療薬の開発が急ピッチで進められています。
一方、長年にわたり多くの人が苦しめられているNTDの一部の疾患については、治療薬やワクチンがなかったり、数十年前に開発された(一部の人にとっては有害な物質を含む)治療薬を使い続けていたりします。
ゲノム解析などの技術が進歩した現代であれば、もっと有効な治療法を確立することは可能だそうです。
ではどうして、NTDは一向に改善されないのか。
NTDが改善されない大きな理由は、世界の分断とお金です。
まず世界の分断という点ですが、これは開発力のある製薬企業などが先進国に集中する一方で、患者が途上国に多いという構造上の問題点です。
薬の開発や臨床試験をしようにも、近くに患者がいない(=データを集めづらい)ので、開発がなかなか進みません。
そしてより深刻なのはお金の問題です。
治療薬やワクチンの開発には莫大な資金がかかります。
製薬企業は営利組織なので、費やしたコストは利益で回収しなければいけません。
しかし、NTDの患者やNTDの流行している国などは、薬に見合うだけの代価を支払うことができない状況にあることが珍しくありません。
「命より重いものはない」とよく言いますが、現実には、お金のせいで救われない命もあるということですね…
顧みられない熱帯病の負のサイクル
NTDにはもうひとつ、見逃せない点があります。
それは、貧困地域で発生するNTDが、貧困をより加速させてしまうという問題です。
たとえば、NTDのうちの住血吸虫症は、貧血症状を引き起こし、成長過程にある子どもが栄養不良になることで、体力や学力の低下を招いているそうです。
体力や学力の低下は、将来の仕事にも悪影響を及ぼし、こうした人が多い国は、国際競争力が低くなります。
そしてより一層、貧困になってしまい、貧困により衛生状態が悪くなったり、医療アクセスができなくなることでNTDリスクが上がってしまうという構図です。
NTDを解決するために
NTDは貧困と密接に関わっています。
実際、中国などは、経済成長によって衛生状態が良くなることでNTDの流行を抑えることができました。
しかし、負のサイクルの問題があり、自力で解決するのは難しいのが実情です。
負のサイクルから脱出するために、まずは非営利組織による支援などが必要なことだと考えられます。
ただ、そういった善意の組織に任せるだけでは、冒頭に述べたSDGsの達成は難しいです。
NTDに苦しむ人を減らすためには、私たちひとりひとりがNTDを「無視しない」ようにすることが有効です。
私たちひとりひとりがNTDに注目をするようになれば、企業も無視できなくなります。
そうすればお金も集まり、治療の道が開かれるようになります。
たとえば、先日アルツハイマー病の治療薬認可で話題になったエーザイという製薬企業は、NTD制圧のために22億錠もの薬を無償提供しています。
こうした企業を知り、応援をすることで、私たち個人も間接的にNTD解決に協力することはできるでしょう。
もしNTDがなくなり、10億人の人々が健康な生活を取り戻すことができたなら、SDGsのスローガン「誰1人取り残さない」に大きく近づく1歩になるはずです!
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